谷口与鹿と夢のなかで初めて出会ったのは、まだ私が小学生のころでした。当時は学校にいる時間帯を除いて、朝から晩まで山や川で遊びほうけていました。
ついつい居眠りしてしまうほど学校の授業は退屈でしたが、屋外に飛び出して新しい虫を発見するたびに胸がときめきました。虫メガネを持ち歩き、あらゆる角度から覗いて楽しみました。宿題を忘れて学校で残り勉強させられた日は下校時間になっても野山を散策できず、なにか悪いことをして牢屋に閉じ込められている罪人のように落ち込みました。
少年は時間がたつのも忘れ、とっぷり日が暮れるまで鳥や動物や虫たちと一緒に過ごしました。十人十色という言葉の通り人それぞれですが、自然界の多様性は次元を超えていました。山や川の生態系に、たちまち夢中になりました。毎日が冒険で、とてつもなく刺激的でした。
ある日、近づいても逃げない寸胴のヘビを見つけました。三角の頭は好奇心をそそりました。他のヘビとは異なる雰囲気に、いたずら心が芽生えました。足元に落ちていた木の枝を拾い、ヘビの顔の前で柱時計の振り子のように左右に動かしてみました。するとヘビは牙をむき、尻尾の先をプルンプルン震わせました。「オレを誰だと思ってるんだ」とでも言いたげに私を睨む表情が、どんどん険しくなっていきます。
数秒おきにプルンプルン痙攣する尻尾の先が可笑しくて、躍動する尻尾をつついてみました。すると瞬時に身をひるがえし木の枝の先に噛みつきました。どうやら相手の自尊心を深く傷つけたみたいです。激しい怒りと敵意が伝わって来ました。いまにも飛びかかってきそうな殺気すら感じました。
すごい運動神経と反射神経に圧倒されて私は撤退を決意しました。ヘビから視線を外さず静かに後ずさりしながら考えました。もし追いかけてきたらサッカーボールのように力いっぱい蹴っ飛ばそう。数メートルくらい離れたところで、くるりと私は体の向きを変え一目散に走り出しました。
夕食のとき、今日の出来事を父に話したら「そいつの体は濃い茶色で、たくさん銭形のような模様があっただろう。お前が喧嘩を売った相手は毒蛇のマムシだ」と。
私の背筋は一瞬にして凍りました。そして「無知ほど怖いものはない」という教訓が鮮烈に刻まれました。
しばらくして、たまたま夢のなかに出てきた憧れの天才彫り師、谷口与鹿に土下座して弟子にしてもらいました。師匠は頻繁に私の夢に出てくるようになりました。また真っ昼間であっても白昼夢のように出てきて現実と同時進行で危機を回避できるよう助言してくれました。
あまりにも多くのことを教えてもらったので、とても紹介しきれないのですが、いちばん衝撃を受けたのは「一寸の虫にも五分の魂」という言葉でした。
ちっぽけな虫たちは、人間と違って決して長くは生きられない。でも短い生涯を恨むことなく懸命に生きている。みんな精いっぱい生きている。どれも命を未来に繋ごうと必死だ。はかない小さな命を温かく見守ってやれ。
自分より弱い者をいじめてはいけない。むやみに殺生するな。生き物を玩具にせず命を尊べ。たとえ相手が虫けらであっても命を軽視してはならない。どんなときも畏敬の念を持て。「一寸の虫にも五分の魂」だ。
虫にかぎらず、鳥や動物も、そして最強の人間だって絶対に自然の摂理には逆らえない。いつかは老いる。そして天寿を全うする。時間の流れは残酷だ。すべて悠久の時間のなかでは一瞬の出来事にすぎない。しょせん大河のなかの一滴だ。
与鹿の言葉の海のなかで野性的な少年時代を過ごした私は、なぜか知らない間に写真家になっていました。縁あって雑誌の表紙の連載を長く担当していたとき、仕事で疲れはてるたびに偉大な漫画家、手塚治虫が愛した東京・浅草のレトロな喫茶店アンヂェラス(2019年3月17日に閉店)に足しげく通いました。ここが私の隠れ家になっていました。
お気に入りは水を使ってゆっくり抽出するコーヒーに梅酒を入れて飲む「梅ダッチコーヒー」とフランス菓子のサバラン(この店での表記は「サバリン」)でした。
礼拝堂をモチーフにしたというクラシカルな建築が特徴で、
もしかしたら本能的に虫が大好きな人間にとって心安らぐ不思議な癒しの空間だったのかもしれません。
今回は私の人生の原点になった虫たちの写真を中心に付け加えてみたところ、師匠の与鹿が「だんだん江戸時代の『北斎漫画』」みたいな感じになってきたぞ」と率直な感想を述べました。北斎の漫画は現代の漫画とは全然違い、動植物、風景、妖怪など、さまざまなものがジャンルを越えてスケッチされており、思いつくまま、とりとめもなく描いた絵の集合体となっています。
天才浮世絵師だった葛飾北斎とは似ても似つかない凡才の私ではありますが、さまざまなキャラクターが登場して笑いを誘うという点においては確かに似ているかもしれません。まあ巨匠の贋作と批判されなければ、それで良しとしましょうか。
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